2006年11月15日

071.労働契約の本質

■契約の使い分け                    
最近は社員を雇用する際に、社会保険料の負担をなくすために、労働契約を締結するのではなく、請負契約や業務委託契約を締結するケースも増えています。
しかし、労働契約と請負契約、業務委託契約の違いを理解して使い分けないと、その契約自体が無効となり、後から大きなリスクを負ってしまう可能性があります。それぞれの契約の違いを正しく理解し、うまく使い分けることが大切です。

■雇傭、請負、業務委託の契約の違いとは                    
民法では、雇傭契約・請負契約・業務委託契約(民法では準委任契約と明示されています)は、はっきりと区別されています。
雇傭契約とは、契約の当事者の一方が相手方に労務に服することを約束し、相手方がこれに対して報酬を支払うことを約束する契約のことです(民法623条)。つまり、雇傭契約の目的は労務の提供そのものです。
これに対し、請負契約は仕事を完成させることを目的とし、その結果に対して報酬を与える約束の双務有償契約です(民法632条)。
業務委託契約は、双方の信頼関係の下に委任者が一定の事務処理を受任者に委託し、受任者がこれを承諾することにより成立する契約です(民法643条・656条)。ここでいう「事務」とは、一般的な事務ではなく、「仕事」全般を指します。
 雇傭契約は労務の提供を目的とし、請負契約は仕事の完成を目的とし、業務委託契約は仕事の処理を目的としている点が大きな違いです。

■労働契約の考え方                    
 このように、民法では契約の目的により区別されていますが、雇傭契約については、適用領域が極めて限定され、大半が労働基準法の適用される労働契約となります。
民法上、契約は当事者間で自由にできることが原則(契約自由の原則)ですが、労働契約については、多くの法規制によって契約自由の原則が制限されています。
経済的に優位に立つ使用者と経済的に弱者である労働者は、実質的に対等な契約は不可能となるので、弱者である労働者を保護するために特別の法規制を設けたものです。
そのため、労働基準法での労働者の定義「労働者とは職業の種類を問わず、事業または事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう」に該当すると判断された場合には、民法上の契約形態に関係なく、労働基準法による保護の対象となる労働者とされ、この労働者と結んだ契約は労働基準法に基づく労働契約と判断されます。
書類上請負や業務委託としていても、労働契約になります。

■労働契約の判断基準           
労働基準法に基づく労働契約かその他の契約なのかを判断するために、労働基準法研究会報告(1996年)から労働者性の判断基準が提示されました。
①仕事の依頼や業務従事の指示を断ることができる。
②具体的な指示や方法の指示が受けずに業務を行う。
③進捗状況の報告や勤務時間の報告義務がない。
④代わりの者に業務を行わせることができる。
⑤報酬が時間・日・月の単位で支払うのではなく、業務の成果で支払われている。
⑥会社は機械・器具などの機材等の負担をしていない。
⑦報酬は機械等を負担するため、他の一般社員より高い。
⑧報酬は生活給的な要素はなく、契約に定めた業務に対しての報酬である。
⑨契約期間中でも、他の会社の業務を行っても良い。
これらの判断基準をすべて満たす場合は、労働者性はないものと判断され、請負契約や業務委託契約が可能となります。
「指揮命令を受けて労働するのか」「労務提供の対償としての賃金の支払うのか」の2点を実態的に判断することが、その契約が労働契約になるかどうかを見極めるポイントとなります。

投稿者 somu99 | コメント (0) | トラックバック | 【人事

2006年11月14日

069.人事評価で求められる公平性

■評価の公平性             
 「一人の上司の評価だけでは、その上司の主観が強く出過ぎてしまう。そのため、フィードバックもしにくく、結果的に動機付けが弱いものになってしまう」というのが、人事評価を運用した結果の一般的な意見といえます。そこで、「公平で皆なが納得できる評価制度」はないかと考えます。
 では、「評価の公平性」とはいったいどのようなものなのでしょうか。

■平等評価制度とは           
 皆なが平等に全員を評価する平等評価制度というものがあります。一人の人が評価すると、その人の主観が強く出過ぎますが、皆なが評価すれば、主観が集まり公平性が出てくるという考え方に基づくものです。
 この制度では、同僚や部下からも、場合によっては取引先にも評価してもらうことがあります。より多くの人が評価すれば、評価される人は周囲からそのような「見え方」をしているので、より反論もしにくく、結果的により公平性が出てくるというものです。

■人事部長の落とし穴          
 ある会社の例。A社では人事部長の提案で、1年前から平等評価制度を取り入れ、今回、初めて評価結果が出ました。B社長は、その結果を見て、おおむね妥当だが、営業のC課長の評価が悪すぎるように思いました。なぜなら、日頃厳しくテキパキと部下に指示を出し、業績も上げていたからです。
 社長の立場から見えている姿と違い、もしかして、C課長は部下と相性が良くないかもしれないと考えました。そこで、A社長はC課長を人事異動し、後任にD課長を配置することにしました。
 1年が経ち、評価の時期が訪れました。C課長と違い、D課長の評価結果は高いものでした。その後の評価も相変わらず高い評価結果が出てきました。
人事部長から「D課長を部長にすれば業績が上がると思われます」という意見がB社長に届きました。B社長は「D課長になってから業績のほうはどうか。」と人事部長に聞いたところ、「業績は今の方が落ち込み気味ですが、評価は今の方がいいです。」との返答。
人事部長は、人事部の長という立場や自分が提案した手前もあり、この制度に基づく「評価」を絶対視し、落とし穴にはまりました。
制度を採用した途端、もうそれは既定の前提条件として走り出してしまいがちです。「制度」は絶対、「評価」は絶対と決めつけ、制度の「公平性」を検証する謙虚さを人事部長は失ってしまいました。

■平等評価の落とし穴          
 なぜD課長は評価が高いのに、業績は下降してしまったのでしょうか。
 D課長は、「営業に細かなチェックをいれない」「受注が上がらなくても、厳しくその原因を分析・追求しない」など、部下に成果が出なくても「思いやりのある」「物分りのよい」態度で接し、仲良しクラブのような関係を形成していました。C課長と正反対でした。
 厳しさのない仲良しクラブでは部下は育たず、当然業績も上がりません。しかし、部下は「今のままでいい」と思い込み、そんな上司に高い評価をしてしまいます。これが「平等」の顛末でした。

■公平性の本当の意味          
 公平性は、「平等」の中に求めるものでなく、魂を込めて会社が創り出すものです。会社が理念・信念・思想・戦略(以下「理念等」という)に基づき評価基準を作り、社員に説得すべき類のものです。理念等のない評価は、「平等」に引きずられ、秩序のない、方向性と力を持たない風土を産み出してしまいます。
 主観は、それが評価の理念等を理解した主観でない限り、いくら多く集まっても、公平性には近づきません。そればかりか、逆に公平性を損なう危険性があります。
 理念等を持った社長は、人事部長や平等評価の落とし穴が見えます。理念等を持たない社長は、人事部長の言葉や平等評価の結果を盲目的に採用します。中途半端に理念等を持った社長は、何も判断できずに立ち止まってしまいます。
 さあ、あなたはどのタイプの社長でしょうか。

投稿者 somu99 | コメント (0) | トラックバック | 【人事

2006年11月10日

063.「優秀な人」の視点に立って

「優秀な人」が採用できないと嘆く経営者は多い。それに対し、みる社員全てが「優秀な人」にみえる会社がある。その理由を理解するためには、「優秀な人」がどんなところを観て会社を選ぶのかを考える必要がある。

「優秀な人」は、会社を選ぶ際に、その会社が『信頼できるかどうか』を重視する。取引先を選ぶように、パートナーとしての価値がある会社なのか、自分の時間と能力を使うだけのものがある会社なのかを観ている。
その信頼は、「目的への信頼」と「能力への信頼」の二つから成り立つ。
「目的への信頼」とは、その会社がやろうとしていることが社会から歓迎され、その仕事を自分も家族も誇りに思え、そして、市場性や将来性に合致しているかどうかである。その目的が明確であることも求められる。
「能力への信頼」とは、その目的を実行するための要素(根拠)のことである。それは、風土や組織システム、社員の有能性や経営者の揺ぎない信念である。
この二つが満たされることが、信頼を置ける会社の条件となる。
「優秀な人」は、決して仕事の条件や内容だけで会社を決めることはなく、より強く「やりがい」や「生きがい」を求める傾向がある。
ただし、給与や休日などの条件が必要ない訳では決してない。「優秀な人」ほど、これらを明確に線引きし、約束を大切にする。会社の条件を提示する(約束を守る)という姿勢に、その会社の「能力」を読み取ろうとするのである。
これが「優秀な人」の会社の見方である。

会社側としては、「優秀な人」が求める信頼できる条件を満たす必要がある。これは、正直大変なことであると思う。
この信頼できる条件とは、組織の中でのリーダーに対して求められることと全く同じである。また、これは経営者が理想とする会社像なのかもしれない。
社員満足なくして、顧客満足なしといわれるように、今の社員に信頼されていない会社は、「優秀な人」から信頼されることはない。「優秀な人」がやめていく会社に「優秀な人」は入らない。採用のテクニックで「優秀な人」を採用することはできても、すぐやめてしまう。

ひとつの結論として、「優秀な人」を採用するには、会社は今の社員との信頼関係を築くことである。
会社をよくするために「優秀な人」を採るという意見も当然ある。一人の人材により会社が著しくよくなるケースや、新しい人を入れることによる組織の活性化作用は間違いなくある。
卵が先か、鶏が先か。いずれにしろ、少なくとも会社はよくなっていく必要があるし、よくしていく必要があり、その責任は、経営者に間違いなくある。
「優秀な人」に多くのものを求める経営者がいる。そして、売上の倍増や部下をうまく使うなど、会社や経営者が今できていない無理難題を求めることも多い。
しかし、そんな経営者に限り、ビジョンを掲げ、組織を鼓舞し、推進するという経営者の責任を果たしていることは少ない。
採用は、自社を見直すよいきっかけになる。 採用を機会に、会社が社員に求める「優秀な人」の定義を考えるのと同時に、社員が求める「よい会社」の定義を考えるのもよいだろう。

〔ワイズサービス 代表 矢田 祐二〕

投稿者 somu99 | コメント (0) | トラックバック | 【人事

062.絶対考課と相対考課

 絶対考課と相対考課。人事考課の方法として、すでに言葉自体は耳にしたことがある方も多いと思いますが、それぞれ別の機能を有しているため、使い方を誤ると逆効果になってしまいます。
 絶対考課は、社員一人ひとりに評価の基準となる物差しを決め、それに基づいてその者を評価し、その長短を見極め、基準に近づけていくというものです。
 物差し作りのもとになるのは職務基準や職能要件などですが、ポイントとなるのは、その社員のその時の役割に相応しいレベルの基準をいかに作るかということです。
 相対考課は、売上高や不良率などの指標のもとで、評価される者どうしを相互に比較し、優劣を決めていくというものです。
 絶対考課のように評価される者一人ひとりに対する基準を作る必要はありませんが、評価の対象となる指標をいかに客観的かつ明確にすることができるかがポイントとなります。

 相対考課では、たとえばAさん、Bさん、Cさんの中で、相互に比較してだれがトップでだれが最下位かといった順位付けをするため、昇給、賞与や昇格といった処遇を決めるには都合のいいものです。
昇給や賞与の原資、昇格のポストなどには限りがあるため、だれにより多く配分するか、だれがよりそのポストに相応しいか、つまり、限られた経営資源を貢献に応じてどうやって分配するのかの基準となるものです。結果的に、貢献への意欲が高まることにもなります。
 一方、絶対考課は、その者が自分の役割として期待されていることをどれだけ達成したかを評価するものです。従って、評価結果については、明確な基準をもとに説明すれば説得力があり、納得を得られやすいといえます。
 相対考課のような他者との比較の中では、越え難い差というものが厳然とあったりするため、場合によっては「あきらめ」の中でヤル気を失ってしまうこともあります。絶対考課は他者との比較をせず、その人に適度に相応しい基準とその人との距離を測るもののため、能力開発や動機付けをするのに非常に適しています。人間は、自分の強みや良い所をはっきりと自覚し、それを伸ばそうと意識することによって、自己を前進させることが容易になります。絶対考課は、それを手助けする道具となります。
 このように、絶対考課は人を育てる機能を有し、相対考課は貢献への意欲を高める機能を有しているといえます。

 運動会で子供が走っていて、どの子が一番速かったかはだれの目にも明らかです。しかし、スタートの仕方、腕の振り、足の引き上げ、コーナーの取り方、呼吸の様子などを細かくチェックしなければ、より速く走るためにはどうしたらいいかは分かりません。
 このように、チェックする基準をあらかじめ設けておいて、それに照らして問題点を明らかにしていくのが絶対考課です。より速く走れるように指導するのが目的であれば絶対考課、一等二等などの賞品を決めるのが目的であれば相対考課が向いています。

 相対考課の場合は評価指標が明確であればまだしも、絶対考課においては評価基準への充足度を確認するだけでは、本来の機能を有効に活用しているとはいえません。やはり、具体的な評価がオープンにされ、面接により確実にフィードバックされて初めて、育成機能を果たしたといえます。
 しかし、こと中小企業に目を向けると、社員数の少ない中で、同じ仕事をしている人がほとんどいません。そのため、相対考課自体、成立する余地があまりないといえます。かりに無理やりおこなっても、社員を全体のイメージで評価してしまうことになり、納得性も公平性もありません。おのずと、中小企業では、絶対考課が中心にならざるを得ません。

投稿者 somu99 | コメント (0) | トラックバック | 【人事

2006年11月08日

051.似たもの同士

人には、本能的に相手を「同質か異質か」に見分ける能力が備わっています。
同質とは、自分の個性に似たもののことをいい、異質とは、個性と異なるもののことをいいます。

人は、同質の相手に対しては、自分と似た人間だと判断し親密さや安心感を得たり、瞬間的に意気投合したりします。
人間が自己肯定の生き物である以上、自分に似たものに惹かれることや、可愛く思えることは、抑えようがない心理だといえます。「似たもの夫婦」という言葉は、外見や価値観を含め、この力が働いた結果であるといるでしょう。
異質の人に対しては、この人は自分と違うことや、しゃべりにくいと感じることが多くあります。当然、そこには可愛さや親密さという感情は生まれにくくなります。
この基本的な心理メカニズムは、企業活動にも大きな影響を与えています。

人は、同質の人間には甘く、あるいは、高く評価する傾向があるという実験結果があります。上司は、無意識のところで、自分と似たタイプの人材に高い評価をすることや、有利なポジションを与えることとなります。
人事評価では、評価する側に、このメカニズムの理解が必要となります。
採用の場面でも、同様です。面接官が、自分と似たタイプの人材に高い評価をしている可能性は、否定できません。特に、短い時間に相手を判断しようとすると、この同質か異質か(理解できるかできないか)という単純な判断軸で行いがちです。
毎年同じような人材ばかりを採用してしまう原因のひとつがこれかもしれません。ひとりの人間が、何年も面接を担当することや、面接担当者のメンバーの個性が偏らないようにする必要があります。
ただし、デメリットばかりではありません。営業では、うまく取り入れれば、小さな努力で大きな結果を得ることができます。
顧客の個性を見抜き、その個性に似た人材をその顧客の担当者にすれば、成約率は格段にあがります。最初に対応する担当者が、顧客に対し「自分と違う」と感じたときには、それ以上深追いせずに、その顧客と似た個性の人材に代わります。

同質と異質の心理メカニズムを理解することは、経営者や管理者にはもちろん、組織に属する人材は知っておくべき基本的なことです。
特に、経営者は、自分の好き嫌い(同質か異質か)で判断することは、避けなければいけません。
組織は、いろいろな個性や考え方をする人材がいると活性化します。それに対し、同じような個性や考え方の人材ばかりの組織では、新しい視点や意見が出にくく活性化はしません。
これは、先にあげた人事評価や採用活動などの結果としての『人材の同質化』とよばれる状態であり、大企業病や組織の硬直化といわれる病の最大の原因です。

放っておくと、似たもの同士で引き合います。
きっと、会社の飲み会で、あなたが座った隣の席には、居心地よさそうに似たものがいることでしょう。

投稿者 somu99 | コメント (0) | トラックバック | 【人事

2006年11月01日

042.評価システムに対する一つの考え方

評価システムは、人事制度の一つのツールです。人事制度自体は、労働力への投資効率を高めることが本来の目的です。言い換えると、成果を上げ、業績を上げることができるように、パフォーマンス・生産性を高め、人材の競争力を高めることが目的です。
 
労働力(すなわち「人」)を必要としない事業であれば、そもそも、給与の支給等、労働力への投資が存在しないため、人事制度や評価システムは必要としません。
 
ここでは、当然労働力を必要とすることを前提に話を進めます。


オーナー企業では、評価の物差しが社長の個人的な好き嫌いになっている場合が多いのではないでしょうか。
 
それが良いとか悪いということではなく、それが、果たして労働力への投資効率を高める効果的な評価となっているのでしょうか。
 
社長の本音は、儲けたい、利益を出したい、無駄な金は払いたくない、といったところだと思います。
 
ならば、一つ冷静になり、今行おうとしている評価が、その者を活かし、結果的に儲けることにつながっているのかを考えてみる必要があります。


オーナー企業でなくとも、評価システムを考える際、評価する対象がその評価システムに馴染むものかどうかという問題があります。
 
評価対象は、各自個性を持った存在であるのに、評価システム自体が会社のための一方的、画一的なものだとしたら、果たしてどうなるでしょうか。
 
その評価システム自体を「合理的でない」という印象を持つでしょう。本人が納得いかない状態で、賃金などの処遇が決定されることになってしまいます。本来、合理的、客観的なはずのものが非合理と受け止められる結果になりかねません。

今までは、評価システムを導入することで、賃金にその結果を反映させ、払うべき人には払い、そうでない人には払わないという「公平」な処遇をするという大義名分の下、実は人件費を抑制しようという目的がありました。
 
本来の目的が社員の本音の部分に響くのか、社員の間では「賃金引下げの道具」ではないかとの見方が広まっているところです。
 
評価システムの導入により、少数の勝者を産み出す反面、多数の敗者を産み出してしまいました。いわゆる、勝者と敗者の選別に終わってしまっており、会社の評価システムに対する社員の不信感は非常に根強いものになっています。

会社側の認識も、社員側の受け取り方も、評価システムは単に賃金を選別する制度の一部としてとらえる傾向があります。
 
互いにこのように位置づけている限り、その評価システムは両者の利害の狭間で力を失ってしまい、効果的に作動することができなくなります。
 
もうそろそろ、評価システムを、賃金選別制度を飲み込みつつ超えていき、社員の能力・キャリア開発を支援する人材育成・活性化ツールとして、両者の利害が一致するように再定義をする時期が来ています。
 
難しい言葉を使うと、評価と精算払い的賃金との連動性を弱め、その代わりに先行投資・育成的賃金との結びつきを強めて行くことです。

人件費の原資に限りがあることには、何も変わりありません。しかし、その範囲において評価システムをとらえ運用していくのは、余り意味のあることではありません。もっと可能性のある意味付けを持たせることで、現状の評価システムの閉塞感を打破し、評価システム自体の生産性を改善しましょう。

投稿者 somu99 | コメント (0) | トラックバック | 【人事

2005年08月22日

011.人事評価で求められる公平性

■評価の公平性
 「一人の上司の評価だけでは、その上司の主観が強く出過ぎてしまう。そのため、フィードバックもしにくく、結果的に動機付けが弱いものになってしまう」というのが、人事評価を運用した結果の一般的な意見といえます。そこで、「公平で皆なが納得できる評価制度」はないかと考えます。
 では、「評価の公平性」とはいったいどのようなものなのでしょうか。

■平等評価制度とは
 皆なが平等に全員を評価する平等評価制度というものがあります。一人の人が評価すると、その人の主観が強く出過ぎますが、皆なが評価すれば、主観が集まり公平性が出てくるという考え方に基づくものです。

 この制度では、同僚や部下からも、場合によっては取引先にも評価してもらうことがあります。より多くの人が評価すれば、評価される人は周囲からそのような「見え方」をしているので、より反論もしにくく、結果的により公平性が出てくるというものです。

■人事部長の落とし穴
 ある会社の例。A社では人事部長の提案で、1年前から平等評価制度を取り入れ、今回、初めて評価結果が出ました。B社長は、その結果を見て、おおむね妥当だが、営業のC課長の評価が悪すぎるように思いました。なぜなら、日頃厳しくテキパキと部下に指示を出し、業績も上げていたからです。
 社長の立場から見えている姿と違い、もしかして、C課長は部下と相性が良くないかもしれないと考えました。そこで、A社長はC課長を人事異動し、後任にD課長を配置することにしました。
 1年が経ち、評価の時期が訪れました。C課長と違い、D課長の評価結果は高いものでした。その後の評価も相変わらず高い評価結果が出てきました。
人事部長から「D課長を部長にすれば業績が上がると思われます」という意見がB社長に届きました。B社長は「D課長になってから業績のほうはどうか。」と人事部長に聞いたところ、「業績は今の方が落ち込み気味ですが、評価は今の方がいいです。」との返答。
人事部長は、人事部の長という立場や自分が提案した手前もあり、この制度に基づく「評価」を絶対視し、落とし穴にはまりました。
制度を採用した途端、もうそれは既定の前提条件として走り出してしまいがちです。「制度」は絶対、「評価」は絶対と決めつけ、制度の「公平性」を検証する謙虚さを人事部長は失ってしまいました。

■平等評価の落とし穴
 なぜD課長は評価が高いのに、業績は下降してしまったのでしょうか。
 D課長は、「営業に細かなチェックをいれない」「受注が上がらなくても、厳しくその原因を分析・追求しない」など、部下に成果が出なくても「思いやりのある」「物分りのよい」態度で接し、仲良しクラブのような関係を形成していました。C課長と正反対でした。
 厳しさのない仲良しクラブでは部下は育たず、当然業績も上がりません。しかし、部下は「今のままでいい」と思い込み、そんな上司に高い評価をしてしまいます。これが「平等」の顛末でした。
■公平性の本当の意味
 公平性は、「平等」の中に求めるものでなく、魂を込めて会社が創り出すものです。会社が理念・信念・思想・戦略(以下「理念等」という)に基づき評価基準を作り、社員に説得すべき類のものです。理念等のない評価は、「平等」に引きずられ、秩序のない、方向性と力を持たない風土を産み出してしまいます。
 主観は、それが評価の理念等を理解した主観でない限り、いくら多く集まっても、公平性には近づきません。そればかりか、逆に公平性を損なう危険性があります。
 理念等を持った社長は、人事部長や平等評価の落とし穴が見えます。理念等を持たない社長は、人事部長の言葉や平等評価の結果を盲目的に採用します。中途半端に理念等を持った社長は、何も判断できずに立ち止まってしまいます。
 さあ、あなたはどのタイプの社長でしょうか。


セントラル社労士法人へ
情報バンク株式会社へ
総務99トップへ

投稿者 somu99 | コメント (0) | 【人事

003.絶対考課と相対考課

■絶対考課と相対考課の特徴
 絶対考課と相対考課。人事考課の方法として、すでに言葉自体は耳にしたことがある方も多いと思いますが、それぞれ別の機能を有しているため、使い方を誤ると逆効果になってしまいます。
 絶対考課は、社員一人ひとりに評価の基準となる物差しを決め、それに基づいてその者を評価し、その長短を見極め、基準に近づけていくというものです。
 物差し作りのもとになるのは職務基準や職能要件などですが、ポイントとなるのは、その社員のその時の役割に相応しいレベルの基準をいかに作るかということです。

 相対考課は、売上高や不良率などの指標のもとで、評価される者どうしを相互に比較し、優劣を決めていくというものです。
 絶対考課のように評価される者一人ひとりに対する基準を作る必要はありませんが、評価の対象となる指標をいかに客観的かつ明確にすることができるかがポイントとなります。

■相対考課はあきらめ?
 相対考課では、たとえばAさん、Bさん、Cさんの中で、相互に比較してだれがトップでだれが最下位かといった順位付けをするため、昇給、賞与や昇格といった処遇を決めるには都合のいいものです。
昇給や賞与の原資、昇格のポストなどには限りがあるため、だれにより多く配分するか、だれがよりそのポストに相応しいか、つまり、限られた経営資源を貢献に応じてどうやって分配するのかの基準となるものです。結果的に、貢献への意欲が高まることにもなります。
 一方、絶対考課は、その者が自分の役割として期待されていることをどれだけ達成したかを評価するものです。従って、評価結果については、明確な基準をもとに説明すれば説得力があり、納得を得られやすいといえます。
 相対考課のような他者との比較の中では、越え難い差というものが厳然とあったりするため、場合によっては「あきらめ」の中でヤル気を失ってしまうこともあります。絶対考課は他者との比較をせず、その人に適度に相応しい基準とその人との距離を測るもののため、能力開発や動機付けをするのに非常に適しています。人間は、自分の強みや良い所をはっきりと自覚し、それを伸ばそうと意識することによって、自己を前進させることが容易になります。絶対考課は、それを手助けする道具となります。
 このように、絶対考課は人を育てる機能を有し、相対考課は貢献への意欲を高める機能を有しているといえます。

■順位か、問題解決か
 運動会で子供が走っていて、どの子が一番速かったかはだれの目にも明らかです。しかし、スタートの仕方、腕の振り、足の引き上げ、コーナーの取り方、呼吸の様子などを細かくチェックしなければ、より速く走るためにどうしたらいいかは分かりません。
 このように、チェックする基準をあらかじめ設けておいて、それに照らして問題点を明らかにしていくのが絶対考課です。より速く走れるように指導するのが目的であれば絶対考課、一等二等などの賞品を決めるのが目的であれば相対考課が向いています。

■中小企業では相対評価が成立しにくい
 相対考課の場合は評価指標が明確であればまだしも、絶対考課においては評価基準への充足度を確認するだけでは、本来の機能を有効に活用しているとはいえません。やはり、具体的な評価がオープンにされ、面接により確実にフィードバックされて初めて、育成機能を果たしたといえます。
 しかし、こと中小企業に目を向けると、社員数の少ない中で、同じ仕事をしている人がほとんどいません。そのため、相対考課自体、成立する余地があまりないといえます。かりに無理やりおこなっても、社員を全体のイメージで評価してしまうことになり、納得性も公平性もありません。おのずと、中小企業では、絶対考課が中心にならざるを得ません。

セントラル社労士法人へ
情報バンク株式会社へ
総務99トップへ

投稿者 somu99 | コメント (0) | 【人事